世界ひとり旅日記🐾

ひとりで20か国以上を旅した経験を中心に、あれこれ書いています

偏見 <インド ムンバイからゴアへ④ 完>

「見つかったよ!」

振り返ると、さきほどの彼がこちらに向かって手を振っていた。

大急ぎで、彼がそばに立っているバスに行くと、まずは予約メールをバスの係の人にみせて確認した。相手は、間違いない、というようにうなづくと、乗車するよう促した。

 

急いで振り返ると、見つけてくれたインド人の若者は、成り行きを確認するように、まだそこにいてくれた。バスの入り口から降りて、改めてお礼を言った。

「本当にありがとう!あなたのバスはまだ?」

「どういたしまして。僕のバスももう来てるみたいだから、それじゃ。気をつけて!」

そう言うと、彼は踵を返して走り出した。

 

えっ!ちょっと待って、と声を出しかけたが、彼もバスが来ているのだ、ひきとめることもためらわれた。結局そのまま後ろ姿を見送り、自分のバスに乗り込んだのだった。

名前も、連絡先も聞けなかった。あとでお礼をさせてもらおうと思っていたのに…彼も、こちらの連絡先を聞こうとするそぶりもなかった。

 

あっけない別れのあと、先に連絡先を訊いておけばなどと悔やんでいると、これまでのインドでの出会いがふと思い出されてきた。

私のインド歴は短いものだが、ムンバイに約1週間、南インド・ケララ州コチに約2週間、それまでに滞在していた。ただ道端を歩いていたり、路肩のチャイ屋さんで一杯飲んでいるだけでも、近づいて来るインド人はいて、すぐに滞在先や連絡先を訊いてくる。何かにつけて商売と結びつけようとしているように思えた。または、ヨガの話からいつの間にかマッサージをしてあげるという勧誘になっていたり…こちらはいい歳のおばちゃんだけど、どことなく嫌な気分になる。

地元の人と通りすがりの外国人という関係性が先に立って、友達になるのが難しい。モロッコやトルコでも味わった感覚だ。またか、という思い。

 

でも、彼は違った。すがすがしいまでに。

短い滞在期間中に、彼に出会えたことは本当に幸運だった。それは単に、バスに乗り損なわずに済んだから、ではない。通りすがりの外国人を、見返りを求めず助けてくれることで、私のインド人に対する偏見に気づかせ、さらにインドに好意を持たせてくれたからだ。小さなきっかけで人の気持ちは変わる。改めてありがとうと言いたい。

さすが10億以上が住む国、奥が深い!

 

おわり

インドの若者 <インド ムンバイからゴアへ③>

右往左往、という言葉がその時の私にはぴったりだったようだ。

近づいてきたのは若いインド人男性で、「あなたが何度も目の前を行ったり来たりするのを見ていました、何か困っているんですか?」と声をかけてくれた。

事情を話して、もしや同じ方向ではないかと期待を込めて彼の行き先を聞いた。

心の中で、乗り逃していた場合を考え始めていた。一度ムンバイ中心に戻ってしまうとヨガの訓練コース開始は明後日、直前では電車の予約が難しく、飛行機は高い。とにかく同じ方向へ行くバスに乗って、本来の目的地へはそこから向かおうという考えが浮かんでいた。予約なしでも、席が空いていればそこはインド、なんとかなるはず!

 

「僕は大学生で、就職の面接で今朝ムンバイに来て、これから家に帰るんです」。残念ながら全く違う方向だった。

予約したときのメールを見せるよう言われ、その通りにすると、「電話番号はないけど、会社名で調べて電話します」。

なんて親切!!いや、私はなんでそのことに気づかなかったのか?!(恥)

「でも、あなたのバスは何時なんですか?」

「そろそろ来るはずです」彼はそう言いつつ、早速、自分の携帯で調べてくれた。画面をみながら「似たような名前がいくつかあるけど…とにかくかけてみます」。

 

電話口で、彼は英語ではなく現地の言葉で話し始めた。最初の電話は別の会社だった。

次の電話でも英語ではなかったが、しばらく話し続けていたので、どうやら2回目でビンゴのようだった。電話を切ると彼はこう言った。

「時間は過ぎているけど、これから5分後くらいには到着するそうです」。

よかった!!!少なくとも乗り損ねてはいなかった!

お礼の気持ちを最大限伝えたいのに、シンプルなthank youしか出てこない。自分の頭のまわらなさを残念に思いつつ、もっと早くに電話するべきだったと伝えた。

「相手が英語が話せない場合も多いから、僕がかける方が良かったんですよ。じゃあ二手に分かれて探しましょう!もうすぐ着くはずです」

入ってくるバスの正面の表示に目を凝らしながら、これじゃない、これでもないと足速に歩いていくと、うしろから声がした。

 

つづく。

 

発車時刻を過ぎて <インド ムンバイからゴアへ②>

夜だが暑い。バックパックと手荷物を持って歩けばなおさらだ。

4台目のバスに近づくと、同じ状況にあると思われる欧米系バックパッカーの女性が、紙を手に運転手と話しているところだった。

彼女のバスではなかったらしい。振り返ったときに目が合い「どこに行くバスを探しているんですか」と声をかけてみた。行き先は同じゴア、時刻も一緒だったが、バス会社が私のとは違う。その女性は心細げだったが笑顔をみせてくれた。ほんのわずか、頼れる人がいない状況で、パニック以外の感情、ひとりきりじゃないというか、シンパシーを感じたのを覚えている。

「あなたのバスに行き当たったら教えますね」と言うと彼女はうなづき、じゃあ私はこっちへ行くわ、とお互い逆方向へ歩き出した。

発車時刻が迫るなか、バスの入り口に立っているインド人に、次々と声をかけていく。もう時間だ!というタイミングでゴア行きのバスを見つけ、重いバックパックを背中で揺らしながら急いで近寄って、とりあえず訊く。「違う。そのバス会社のは、まだこれから来るんじゃないか」。

親切心からに違いないのに、心の隅では、また適当なことを、と思ってしまう…とにかく探し続けるしかない!

次から次へとバスがやってくる。探しつつ逆方向へ戻っていくと、さっきの女性が手を振って嬉しそうに「見つかった!」と知らせてくれた。手を振りかえし、見つかってどれだけほっとしているだろうと私も嬉しい気持ちになりながら、彼女が大急ぎで乗り込むのを見送った。

心もとない感覚が戻ってくる。もう発車時刻を過ぎているのだ…背中を汗が伝うのを感じた。

 

ふと気づくと、路肩には、バスを待つ人たちがずらーっと並んで、道路に向かって座っていた。街路灯がその人達の後ろにあり、影になって表情までは見えないがインド人が殆どのようだった。

よくみると、後方にバス会社の看板がついた小屋のようなものがいくつか建っている。小屋に灯りはついていないが、その看板に目を凝らしながら歩いているとき、つと立ち上がり、近づいてきた人がいた。

 

つづく。

 

 

 

 

標識のないバス停 <インド ムンバイからゴアへ①>

ゴアでヨガのTTC(指導者訓練コース)に参加しようと決めたのは二日前だった。

一週間前からムンバイに滞在していた。そこから移動の選択肢は、その時点ではバスのみ。12時間以上かかるため、眠っている間に移動できる夜行バスを選んだ。

オンラインで予約するのが一番よ、“MakeMyTrip“(予約アプリ)を知らないの?…いかにも慣れた感のある、宿スタッフの言葉を受け、ブラウザから検索。条件は、座席ではなく寝台タイプで、滞在中のムンバイ南部・コラバの近くで乗車できること。

条件にあうバスを見つけ、予約しようとしたが、クレカで決済ができず。何度か試したのち、外国のクレカはNGの場合があるというネット情報を思いだし、再度訊いたところ、同じスタッフから“GOIBIBO“(別の予約アプリ)ならできるとの回答。

知ってるなら先に言ってくれよ、と喉元まで言葉が出てきそうになるが、今更言っても仕方がない。

結局、そのアプリでは宿付近または鉄道駅近くから乗車できるバスを見つけられず、再びスタッフにどこから乗るのがいいか相談した。ここがいい、ここなら紹介するタクシーが以前行ったことがある、との一言で決めた。

 

タクシーは予定より20分遅れてやってきた。

スタッフが、出発時刻の1時間前に出発すれば大丈夫だとの判断でタクシーの時間は決まったのだが、渋滞を計算に入れるのを忘れていたようだ。出発する前に、同宿のインド人との会話の中で経緯を話したら、2時間前に設定すべきだったよと言われる。不安になっていたところに更なる遅刻。あーあ、もう。

当然のように、宿から市街中心部まで渋滞。運転手は、たくさんお客さんがいて大変だったんだ、でも私は腕がいいから大丈夫間に合う、などと言いながら、クラクションをしきりに鳴らす。これは誰もがやっていることで、空調を付けずに窓を全開にしているから、皆が鳴らすクラクションが遮るものなく耳に突き刺さる。

なるようになる、という、すとんと腹が座る感覚がやってきた。いつものわたしならイライラや冷や汗がやってくるところが、これがインドへの適応なのか、どうか。

われ先にと、ギリギリまで近づいて横入りしようとする運転技術、または車体感覚に感心しながらも、車体の無数の傷に目が止まり、苦笑する。そうしているうちにライトアップされたCST駅(世界文化遺産)や植民地時代の建築物が見えてきて、テンションが上がる。渋滞のおかげでしょっちゅう停車するので、その瞬間に写真を撮る、ちょっと前進して違う角度からまた撮るということを繰り返す。次第に、これでムンバイを去るのだという寂しい気持ちになった。

やっとのことで渋滞を抜けると、怖くなるほどのスピードで他の車の間を縫うようにタクシーは走っていた。

 

それは、陸橋と下の道路が合流する場所にあった。何台ものバスが、およそ50メートル以上にわたって路肩に停車しては出発していく。

タクシーから下ろされたのは、なかなかの交通量のある幹線道路沿いだった。既に21時半、バスの発車時刻は21時40分。運転技術が確かなのは本当だった、と言いたいところだけれど、運が良かっただけか。

どこにバス停があるのかとタクシー運転手に訊くと、バス停はない、との返事。バス番号を見て探せ、予約した時に書いてあっただろう、と言われる。

予約確認のメールにそんなものは書いてない。電話番号さえない。とりあえず停まっているバスを順々に見ていくと、正面や横にバス会社の名前と行き先が書いてあることが分かった。

時間が迫る中、じっとりとした汗をかきながら、停車しているバスの運転手に次々に声をかけて予約メールを見せて歩く。タクシーの運転手も心配したようでしばらく残っていたが、とにかく訊いてまわれ、との言葉を残して去っていった。

 つづく。